数理モデリングで組織を読み解く:HR領域への新たな視点(研究員:岩本 真裕子さん)


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AIによるサマリー

【プロフィール】
岩本 真裕子
明治大学大学院 先端数理科学研究科 現象数理学専攻 特任准教授
明治大学 先端数理科学 インスティテュート客員研究員
はこだて未来大学 客員准教授


「なぜ一部の社員に業務が集中するのか」
「どうすれば組織全体のパフォーマンスが向上するのか」
こうした問いに、数理モデリングという道具が新しい視点を提供できるかもしれません。
 
数理モデリングとは、現実の現象を数式やルール、論理構造で表現し、分析・予測する手法です。本稿では、3つの異なる数理モデルの視点から、組織やHR領域の課題にどうアプローチできるかを探ります。
  

1. 3つの数理モデルとその特徴

数理モデリングには大きく3つのアプローチがあり、それぞれ異なる目的と強みを持っています。
 
データサイエンスにおける数理モデルは、観測データから関係性やパターンを抽出することに重点を置きます。回帰分析や機械学習モデルを用いて「何が起きているか」を捉え、予測を行います。

HR領域では、離職予測モデルやエンゲージメントスコアの分析などがこれに該当します。このアプローチの強みは、実データに基づいた具体的な知見が得られることですが、データの質と量に依存し、因果関係の特定には限界があります。
 
力学系(Dynamical System)における数理モデルは、時間発展のメカニズムを微分方程式などで記述します。力学系とは、一定の規則に従って時間の経過とともに状態が変化するシステムのことを指します。

初期状態から将来の状態がどう変化するかを予測し、システムの本質的な振る舞いを理解することが目的です。組織における情報伝播や、イノベーションの普及過程などをモデル化できます。このアプローチではシンプルな数理モデルを構築することで「なぜそうなるか」というメカニズムの理解が深まります。

最近では、力学系の数理モデルとデータサイエンスの数理モデルを融合することで、より現実に近い形で現象を理解することも可能になってきました。
 
オペレーションズリサーチ(OR)における数理モデルは、制約条件のもとで最適な解を見つけることに焦点を当てます。線形計画法やスケジューリング理論を用いて「どうすべきか」という意思決定を支援します。シフト最適化や人員配置計画など、実務的な問題解決に直結します。明確な目的関数と制約があれば強力ですが、現実の複雑さを単純化しすぎるリスクがあります。  

2. 同じ現象を異なる視点で料理する

 一つの現象も、どの数理モデルで見るかによって全く異なる理解が得られます。たとえば「優秀な社員ほど多くのプロジェクトを抱える」という現象を考えてみましょう。
 
データサイエンスの視点では、社員のスキルレベルとプロジェクト数の相関関係を分析します。過去のデータから「スキル評価が1ポイント上がると、平均して何件のプロジェクトが増えるか」を定量化できます。ただし、これは相関であり、優秀だからプロジェクトが多いのか、プロジェクトが多いから優秀になったのか、因果の方向性は明確ではありません。
 
力学系の視点では、プロジェクト配分の動的プロセスをモデル化します。例えば、「成功したプロジェクトを担当した社員は評価が上がり、次のプロジェクトが割り振られやすくなる」という正のフィードバックループを微分方程式で表現すると、例えば、ランダムに与えられた初期の小さな差が時間とともに拡大する「優先的選択」のメカニズムが見えてきます。

これは因果関係を含んだ説明になります。また、プロセスのどこかを変更したり、パラメータの重み(どこに重点を置くか)を変化させることで、将来的に結果がどう変化し得るかについてもシミュレーションすることができます。

さらに、個々のエージェント(ここでは社員やマネージャーなど組織に所属する個人)が局所的なルールに従って行動し、その相互作用から集団全体の振る舞いが「創発」する様子を再現するマルチエージェントモデルを用いて、個々の社員の力学系(状態の変化)をシミュレーションすることも可能です。個々の社員とマネージャーの意思決定ルールを設定し、組織全体の挙動を観察します。

「マネージャーは過去の成功率が高い社員を優先的に選ぶ」というシンプルなルールから、集団レベルでの偏った配分パターンが創発的に現れることを確認できます。
 
オペレーションズリサーチの視点では、プロジェクト配分の最適化問題として定式化します。各社員のスキルとキャパシティ、プロジェクトの要求仕様を制約条件として、全体の成功確率や完了時間を最大化する配分を計算します。これは「べき論」を提供しますが、実際の人間行動はこの最適解から乖離することも多々あります。 

3. 80-20ルールを数理で説明する

前章では、同じ現象でも数理モデルの「レンズ」を変えると見え方がまるで異なることを確認しました。では次に、個々のルールを足し合わせるだけでは見えてこない、集団レベルで創発する現象を見てみましょう。80:20ルールはその好例です。
 
「売上の80%は20%の顧客から生まれる」というパレートの法則は、ビジネスの様々な場面で観察されます。HR領域でも「成果の80%は20%の社員が生み出す」といった現象は珍しくありません。
 
実は80:20という比率は、人間の集団だけでなく様々な社会性生物の集団で報告されています。働くアリと働かないアリが有名ですが、他にも、細胞性粘菌の胞子細胞と柄細胞、ある種のクモの巣に見られる攻撃的なメスとおとなしいメス、シマキンパラなどの鳥の群れに見られる生産者・拾い食い型の採餌戦略など、様々な生物集団で観察されています。教室にはなぜかいつでも2割ほど怠け者の学生がいる、年度が変わってもなぜかいつも2割の学生が単位を落としてしまう、なんてこともよくある話かもしれません。
 
このような比率は、興味深いことに、集団のサイズや密度といった外部からの撹乱によって一時的に乱されたとしても、時間が経つと元の比率に調整されることも知られています。どんなにエリートを集めても何故かそのうちやはり2割ほどは落ちこぼれてしまう、ということもよく見られることだと思います。

これはまるで、それぞれの個人が全体にとっての最適な状態を知っていて、刻々と変化する全体の状況を知っているかのように振る舞うため、「集合知」と呼ばれることもあります。しかし、例えば東京ドームのアリーナに1万人が右往左往する状況で、突然1000人ほど人数を減らされても、個々には全体の状況を理解するのが難しいように、実際には個々は全体の状況を知らず、局所的な状況にただ応答しているだけだと考えるのが妥当です。
 
M. Iwamoto et al. (Journal of Theoretical Biology, 440 (2018) 112–120, https://doi.org/10.1016/j.jtbi.2017.12.028) では、力学系モデルである微分方程式の構造から着想を得た、非対称な局所相互作用ルールを示すマルチエージェントモデルを用いて、この現象を記述しシミュレーションしました。
 
集団の状態の変化を記述する微分方程式のモデルの構造はもともと、化学反応における粒子の衝突を記述するために反応速度論として生まれたものです。分子同士がぶつかり合って反応するという物理現象と、人間や生物が周囲の仲間の行動を観察して自分の行動を変えるという社会現象が、同じ数式の骨格で表現できます。ここに数理モデリングの醍醐味があります。この微分方程式による集団の状態の記述は、COVID-19の流行予測の際にも大活躍しました。
 
さて、Iwamoto et al.(2018)のモデルが想定するルールはたった2つ、「他人のふり見て我がふり直す」(自分と同じ状態・行動の人に囲まれると、自分の状態・行動を変える)、「顰に倣う」(良し悪しはわからないが何も考えずただ他人の真似をする)という、人間が日常的に行う行動原理です。

驚くべきことに、このシンプルな2つのルールを想定するだけで、集団全体の80:20という比率調整が自動的に再現されます。個々のエージェントは全体の状況を知らず、ただ周囲の局所的な情報に反応しているだけにもかかわらず、です。

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2つのモードの集団サイズ(密度)に対する比率(Iwamoto et al.(2018))

ここで重要なのは、2つのルールに非対称性が組み込まれていることです。「周りの何人を見て自分の行動を変えるか」という情報量が、2つのルールの間で異なっています。例えば、上図の例では、AモードからBモードへの状態の変化は周りの一人からの影響で確率的に起こり得るのに対して、BモードからAモードへの変化は同時に二人からの影響を受けない限り起こりません。

このような非対称性がなくても80:20という比率自体は再現できますが、その場合は集団のサイズや密度が変わっても比率が変わらない、固定的なモデルになってしまいます。非対称性を導入することで初めて、現実の生物集団で観察される柔軟な比率調整—集団が小さくなる、あるいは密度が高くなるにつれて、比率が徐々に50:50へと近づく現象—も再現できるようになります。

図では、密度が適度な場合(横軸0.2から0.8あたり)の場合、80:20(縦軸0.25)という比率が実現されていますが、低密度の場合(横軸0.2未満)には極端に比率が変わってしまうことが見て取れます。
 
さらに、微分方程式モデル(図ではODE)をそのまま使うだけでは表現できない現象があります。生物は互いに重なり合うことができません。この「排除体積効果(EVE)」を表現するために、マルチエージェントモデルへの拡張が重要な役割を果たします。

空間的な制約を持つエージェントとしてシミュレーションすることで、生物の実験で観察された高密度な状況での挙動—比率が80:20から50:50へと近づく現象—のメカニズムを、より現実に即した形で理解することが可能になりました。図においてもEVEの結果を見ると、高密度の場合(横軸0.8以上)で極端に比率が変わり50:50(縦軸1.0)へと近づいていることがわかります。
 
組織で起こり得ることとで例を考えてみましょう。「基本的に、自分からは動かない」という傾向を持つ人だけを集めて、あるプロジェクトチームを作ったとします。全員が「誰かがやるだろう」と思いやすい人たちです。常識的に考えれば、誰も動かない、機能不全の集団になりそうです。

ところが、Iwamoto et al.(2018)のモデルが示唆するのは、そうはならない可能性です。周囲の様子をうかがい、誰かが少し動けばそれを観察して自分の行動を変える。そのシンプルな相互作用を繰り返すうちに、集団の中から自然に「動く側」と「待つ側」が分かれ、やがて全体としての80:20のパターンが生まれてくるのです。

個々の「やる気」が集団のパターンを決めるのではなく、相互作用のルールそのものが、集団の形を作り出す。数理モデルが教えてくれる、少し不思議で、しかし腑に落ちる結論です。ただし、実際には、集団として最適な機能を獲得する前に、組織改変などのテコ入れが入ってしまい、待てば能力を発揮する社員が活躍できない状況が常に作られ続ける、ということが起きているかもしれません。 

4. HR領域への数理モデルの挑戦

組織開発における最大の問いの一つは「集団全体の動きを変えるために、個々の何を変化させれば良いか」というものです。
 
マルチエージェントモデルは、この問いに対する強力なツールになります。個人レベルの行動ルールから集団レベルの現象が創発するプロセスをシミュレーションすることで、介入ポイントを探索できます。
 
たとえば、組織の心理的安全性を高めたいとします。データサイエンスの分析で「上司の傾聴行動が心理的安全性と相関する」ことは分かっても、どう介入すれば組織全体が変わるかは見えません。

ここでマルチエージェントモデルを構築します。各社員は「発言リスクの認識」と「他者の発言頻度の観察」というシンプルなルールで行動するとしましょう。シミュレーションを回すと、わずか数人の「積極的発言者」が存在するだけで、観察を通じて発言が連鎖的に増える様子が再現されます。さらに、「影響力の高い人(ハブとなる人)を積極的発言者にする」介入と「ランダムに選んだ人を積極的発言者にする」介入を比較すると、前者の方が効果的に全体が変化することも分かります。
 
力学系モデルでは、組織文化の変化を「状態遷移」として捉えることもできます。現在の状態が安定状態(アトラクター)にある場合、小さな介入では元に戻ってしまいます。例えば、ある優秀な社員が1人辞めるとなると、その時は大きな衝撃のように思えましたが、結局、時間が経つと組織はまた元の状態に戻ってしまい、「なぜあの社員は辞めてしまったのか」を真剣に考えないまま、また次の離職者が出てしまいます。

しかし、臨界点を超える介入を加えると、別の安定状態へと遷移します。この視点は、組織を変えるには、どれほど大きな介入(衝撃)が組織には必要か、という実務的な疑問に示唆を与えます。
 
もちろん、人間の行動は数式で完全には記述できません。しかし、数理モデルは「もし○○という仮定が正しければ、△△という結果になるはず」という形で仮説を明確化し、検証可能にしてくれます。これは組織施策の設計において貴重な指針となります。
 

まとめ

数理モデリングという道具は、組織やHR領域に対する新しいレンズを提供します。データサイエンスは「何が起きているか」を明らかにし、力学系は「なぜそうなるか」を説明し、オペレーションズリサーチは「どうすべきか」を導きます。
 
重要なのは、万能な手法は存在せず、課題に応じて適切なモデルを選び、組み合わせることですが、それよりも、社員それぞれが数理モデルの構造や結果を理解していたら、より良い集団を作るために、個人単位でどんな行動をすべきか、も個々が考えられることが容易になるかもしれません。


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