研究者紹介
竹元雅也
(臨床心理士・社会保険労務士(試験合格)/東京都立大学大学院博士課程満期退学)
東京都立大学大学院在籍時は、臨床心理学を専攻。若者の社会参加とその適応のプロセスを中心に研究。現在は働く人のメンタルヘルス支援、産業保健領域のコンサルティングなどを行う。HR Buddyでは、人的資本経営の実践に活用する人事指標ガイドブック作成やDXによる業務改善プロジェクトに従事。
概要
ひきこもり当事者と家族のコミュニケーションに関する実証研究の知見をもとに、職場にて「対話を作り出す」コミュニケーションについて紹介します。

序文
職場のコミュニケーションは、重要であると言われ続けています。
厚生労働省の令和5年度版雇用動向調査によると、転職者の前職を辞めた理由として、「職場の対人関係がよくなかった」が男性9.1%、女性13.0%を示しています。「その他の個人的な理由」を除くと、男性は全体の2番目、女性は最も多い数値であり、離職に至る大きな要因の1つとなっています。
職場のコミュニケーションを活性化する方法として、1on1を実施している会社も少なくないかと思います。
それでも、
「実施しても、部下の離職が減らない」
「コミュニケーションを取っていたつもりだったのに、部下がある日突然退職の意向を伝えてきた」
「そもそもどのように1on1を進めたらよいかわからない」
など、こんな課題をお感じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は有効な1on1をはじめとした、「対話を作り出す」職場のコミュニケーションの重要性について、お話していきたいと思います。
私は、臨床心理士として青年期のひきこもり支援に携わり、実証研究を行っていました。ひきこもり当事者は、潜在的に「このままではよくない」「何とかしたい」という「困り感」を抱えています。
しかし、その「困り感」を出せる信頼できる人が身近にいないので、結果としてひきこもり状態が続いてしまっているケースが少なくありません。
ですので、信頼できる人を身近に作っていくことが必要になり、ひきこもり当事者にとって最も身近であることの多い家族の関わりが重要です。
私は、家族がどのように関わることで、ひきこもり当事者が「困り感」を話しやすくなり、支援機関に相談に行くなど解決に向けて行動を始めることができるのかという点を、ひきこもり当事者とそのご家族にインタビュー調査を行い、質的研究を行いました。
今回は、上記の知見が職場でのコミュニケーションに応用できると思いましたので、ご紹介します。
研究内容
方法
ひきこもり状態を抜け出し、社会復帰を果たした親子にインタビュー調査を行いました。
インタビューは、複線経路・等至点モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)(安田・サトウ,2012)の方法を用いて行いました。この方法は、個々人が多様な径路を追っていたとしても、人間の人生にはある程度等しく到達する点が存在する(等至点:この場合はひきこもり当事者が支援につながる)と仮定し、人間の発達や人生径路の多様性を捉える方法です。
(対象者とその概要)
・ひきこもり当事者Aさん(30代男性)
中学1年生の夏頃から不登校。学校になじめず、友達の作り方もわからなかった。不登校のまま中学校を卒業し、ひきこもり状態となる。小さいころから家庭内では、(トイレに行くにも)親の顔色をうかがって過ごしていた。ひきこもり後は、母親・父親とのコミュニケーションも避けていたが、相談機関につながり、高卒認定資格を取得。専門学校に進学し、卒業。
・その母親Bさん(60代)
Aさんが生まれた時から、大事に育てようと思っていた。幼少期から、身の回りのことは全部やってあげていた(例:はさみで怪我したら大変なので、母Bさんが行う・・など)。過干渉・過保護傾向を行政職員や、幼稚園教諭などから指摘されていた。
※個人情報保護の関係から一部情報を加工しています。
結果
母親Bさんの関わりの変化については、以下のフェーズに区切られました。

第1期:支援者ともつながれない時期(自分の関わり方で突き進む時期)
母親Bさんは、あれこれと相談に行きますが、子どもAさんは全く来ません。それどころか反抗が強くなります。物を投げられることもありました。
また、支援者も母親Bさんに助言しますが、母親Bさんも自身の考えがあるようで、母親Bさんなりの関わりを続けて、改善しません。
第2期:支援者の助けを借りて、子どもと対話を試みる時期
子どもAさんの反抗が強くなり、どうしようもなくなった母親Bさん。すると、支援者に初めて助言を求めます。「子どもの様子をよく観察するように」と支援者から言われました。
実践してみると、Bさん自身も、Aさんに対して過干渉だったということに気づき、Aさんには、Bさんとは異なる考えや意志を持つ存在であることに気づき始めます。
すると、Aさんの考えをBさんに一方的に押し付けることは少なくなり、次第にコミュニケーションがスムーズにできるようになりました。「実は何とかしたいと思っている」と、Aさん自身の本音も聞けるようになりました。そこで支援先を紹介して、Aさんが支援につながります。
第3期:子どもと対話しながら、自立を見守る時期
子どもAさんが支援につながったこともあり、より過干渉にならないように1歩引いて見守ることを心がけます。そうすると、Aさんはどんどん主体性を伸ばして成長していきます。そして、自分のやりたいことを見つけて、正社員として就職します。
まとめ
母親Bさんの子どもを大切に思う気持ちはずっと持っていました。
しかし、母親Bさんの気持ちや考えを一方的に押し付けてしまっていました。子どもAさんのことを知ろうとする努力から始め、Aさんの視点を踏まえた相互的な関わりへの変化がポイントであったと考えられます。
どう実務に適用する?
今回示した研究結果から、1on1をはじめとした職場のコミュニケーションに適用できそうな点をお話していきます。
相手の本音を引き出せるような信頼関係の構築に必要なのは、
「まずは相手のことを理解する努力が必要」といえます。
「1on1と言いながら、上司が話している時間が長い」
「部下に対して決めつけた理解をして、話を最後まで聞かない」
上記のようなことはないでしょうか?
「突然退職を申し出てきた」部下も、部下なりにキャリアや自身の人生を考えています。「転職」を選ぶことが、部下としては最適解として考えたということなのだと思います。
もしかすると、信頼関係があれば、部下がどのようなことに悩んでいるか、どのようなキャリアの志向性があるか、少しでも把握することができたかもしれません。
ただ、近年は雇用コミュニティの変化もあり、転職など、より人材の流動性が高まっています。「職場では自分のことは話さない」と決めている部下もいるでしょうし、ある程度、退職は仕方ない面もあるでしょう。
しかし、組織のメンバーと信頼関係を築ける上司・マネージャーの価値は、今後高まっていくのではないかと考えています。
双日株式会社は人的資本経営を積極的に推進している企業の1つです。双日社の統合報告書(2024)によると、組織全体のエンゲージメントに最も影響を与えているのは、現場をマネジメントしている課長職であるという結果が見出されています。重ねて、「対話力」の高い課長職のいる職場は、部下の「風通し」「挑戦意欲」「成長実感」が高いことが示されています。
そのため、双日社では、課長職の対話力の強化を重点施策とすることで、挑戦風土醸成や従業員のキャリア形成の推進を図っています。このような取り組みを行う企業は今後増えていくのではないかと予想しています。
「対話」には、「一方的に上司ばかりが話している」関係ではなく、お互いを尊重し合い、フラットな立場で意見を交換し合う「相互的な関係性」が土台にあります。その第1歩は、「相手のことを知る努力」から始まります。
簡単ですが、意外とできないことも多かったりしますので、時々思い出してみてください。

結論とアドバイス
今回は、ひきこもり当事者とその家族への実証研究の知見を通して、職場の「対話を作り出す」コミュニケーションについて、紹介してきました。
まとめますと、
・信頼関係構築の土台は「対話」
・「対話」には、「まず相手のことを知る努力から」
上記、2点になります。
「相手のことを知ろうとする努力」は、明日からも始められますので、ぜひやってみてください。メンバーとの関係構築やチーム作りの第一歩になりますよ。
引用文献
・厚生労働省(2024)令和5年度版雇用動向調査
・双日株式会社(2024)統合報告書2024
・竹元雅也(2023)ひきこもり当事者の母親の関わりが変化するプロセス‐母親自身が支援につながること・当事者を支援につなげるための働きかけ‐ 子育て研究,13,26‐42.
・安田裕子・サトウタツヤ(2012)TEMでわかる人生の径路 質的研究の新展開 誠信書房
