健康経営スコアの高い企業は、何をしているのか?~経産省調査データから見えた「次に取り組むべき施策」~(HR Buddy 公衆衛生学研究者)


はじめに:健康経営が“戦略”となる時代

 近年、経済産業省が推進する「健康経営」が、企業経営の一環として広く注目されるようになってきました。健康経営とは、従業員の健康を“コスト”ではなく“投資”と捉え、組織全体で健康保持・増進に取り組む姿勢を指します。

 この取り組みの進捗を可視化するのが、「健康経営度調査」です。調査スコアの高い企業は「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」として認定され、ESG投資や人材採用面での差別化にもつながっています。もはや、従業員が健康で働き続けられる職場づくりは、“善意”ではなく“戦略”と位置付けられています。

健康経営の成果は実証されているのか?

 実際に健康経営が業績向上につながっているのか――。この問いに対して、2022年に発表された国内企業1,500社以上を対象とした研究(Yano et al., 2022, Epidemiology and Health)が、いくつかの明確な指標を示しました。

●      喫煙率1%の低下で約3,000ドルの損失回避
●      睡眠改善による生産性向上
●      健康投資のROIは4倍超
●      スコア上位企業は医療費15%削減、株価リターンも+3%

 このように、健康経営度スコアは従業員の健康状態だけでなく、企業の人的資本・財務指標にも影響を及ぼす“経営指標”となりつつあります。

スコアの高い企業は、どんな施策をしているのか?

 本稿では、2023年度に公開された「健康経営度調査」の一般集計データを用いて、スコア上位企業(上位20%)とそれ以外の企業群(下位80%)の施策実施率を比較・分析しました。

テーマ別取り組み

 健康経営度調査で調べられている施策は、大きく分けて次の11テーマがあります。
❶コミュニケーション促進
❷食生活
❸運動習慣
❹睡眠
❺肩こり・腰痛等
❻アルコール依存症
❼女性特有の健康関連課題
❽メンタルヘルス不調
❾高齢従業員特有の健康課題
❿感染症対策
⓫喫煙

カテゴリ別取り組み

分野横断的に、次のような5カテゴリの取り組みの実施有無が尋ねられています。
●環境整備…昇降式デスク、たち会議スペース、仮眠室など
▲デジタルツール…アプリ、ウェアラブルデバイス、オンライン研修など
◆制度・支援…相談窓口、予防接種補助、検診補助など
❖教育・研修…依存症、睡眠、メンタルの研修など
★イベント・活動…運動週間、禁煙デーなど

多くの企業がすでに取り組んでいる施策とは?(実施率80%以上)

健康経営度調査における施策の中でも、特に実施率が高かったのは以下の3つでした。

●      メンタルヘルス相談窓口の設置と周知(96.3%)
 メンタル不調を未然に防ぐため、社内に相談窓口を設け、従業員に広く周知する取り組みは、ほとんどの企業で導入されています。ストレスチェック制度の普及や、職場での心理的安全性の重視が背景にあると考えられます。

●      インフルエンザ予防接種の費用補助(87.5%)
 感染症予防は、業務継続の観点からも重視されており、予防接種への費用補助を行う企業が大多数を占めています。特に2020年以降、感染症対策への関心が一層高まっています。

●      婦人科健診への金銭補助(84.9%)
 女性従業員の健康課題への対応として、婦人科健診やがん検診への補助が広く導入されています。女性の就業継続や働きやすさを支える環境整備として、今後も重要性が増す分野といえます。

ほとんど導入されていない施策とは?(実施率10%未満)

一方で、以下のような施策は、導入率が極めて低く、まだ広く普及していない状況です。

●      仮眠制度の導入(2.9%)
 短時間の仮眠(パワーナップ)が生産性の向上や疲労回復に有効であることは研究でも示されていますが、制度として導入している企業はごくわずかです。制度設計や運用面での難しさが導入の障壁となっている可能性があります。

●      ヘルスツーリズムの実施(8.5%)
 運動習慣定着を目的とした健康増進旅行の開催など、斬新な取り組みは一部の企業でしか行われていません。コストや効果測定の課題が影響していると考えられます。

●      マッサージの提供(9.9%)
 マッサージ師(ヘルスキーパー)による施術は、身体的負担の軽減に効果がありますが、常駐体制の確保や安全管理の観点から導入が進みにくい現状があります。

上位企業が重視していたテーマは?

 スコア上位20%の企業と、下位20%の企業を比較したところ、次のような健康テーマにおいて、実施率の差が大きいことが分かりました。

実施率の差が大きいテーマ(上位20% − 下位20%)

●      食生活:+63.5ポイント(上位 80.0%、下位 16.5%)
●      アルコール依存症:+62.4ポイント(上位 65.6%、下位 3.1%)
●      女性の健康課題:+60.5ポイント(上位 77.9%、下位 17.3%)
●      高齢者の健康支援:+59.4ポイント(上位 80.6%、下位 21.2%)
●      喫煙対策:+57.2ポイント(上位 70.9%、下位 13.7%)

 上記からは、スコアの高い企業が「個別の健康ニーズ」や「生活習慣の改善」に重点を置いて取り組んでいることが読み取れます。画一的な施策だけではなく、従業員の属性やライフステージに応じた対応が求められていることが伺えます。

上位企業が重視していた取り組みカテゴリは?

 さらに、施策の種類(カテゴリ)ごとに比較したところ、次のような傾向が明らかになりました。

実施率の差が大きいカテゴリ(上位20% − 下位20%)

●      教育・研修:+66ポイント(上位 74%、下位 8%)
●      環境整備:+58ポイント(上位 74%、下位 17%)
●      イベント・活動:+54ポイント(上位 74%、下位 20%)
●      デジタルツール:+53ポイント(上位 69%、下位 17%)
●      制度・支援:+53ポイント(上位 71%、下位 19%)

 これらの結果から、スコア上位企業は「制度導入」にとどまらず、「教育・啓発」「実践の場づくり」「ツール活用」にも積極的であることが分かります。形式的な整備ではなく、従業員の行動変容を支える“仕組みづくり”こそが、健康経営の成功に不可欠な要素といえるでしょう。

上位企業が重視していた具体的な施策は?

 スコア上位20%の企業と下位20%の企業を比較したところ、以下の施策において特に大きな実施率の差が見られました。

実施率の差が大きい取り組み(上位20% − 下位20%)

●      女性特有の健康関連課題に対応可能な体制の構築
 差:+82ポイント(上位 97.6%、下位 15.3%)
●      産業医等による睡眠関連指導の実施
 差:+81ポイント(上位 89.4%、下位 7.9%)
●      女性の健康専門の相談窓口の設置
 差:+80ポイント(上位 95.1%、下位 15.5%)
●      高齢従業員の健康課題に対する職場環境の改善(転倒防止、視覚・聴覚負担の軽減等)
 差:+79ポイント(上位 91.3%、下位 12.1%)
●      睡眠に関するセミナーの実施
 差:+79ポイント(上位 87.8%、下位 8.8%)
●      肩こり・腰痛等に関するセミナーの実施
 差:+79ポイント(上位 88.6%、下位 9.6%)

 このように、スコア上位企業では、性別・年齢・身体の不調部位など多様な個別ニーズに対する支援施策を包括的に整備している傾向が明らかとなりました。制度の有無だけでなく、実際に“使える支援”として従業員に提供されているかどうかが、健康経営スコアの分かれ目となっている可能性が示唆されます。

おわりに:健康経営の“次の一手”をどう考えるか

 本稿では、経済産業省が公開する健康経営度調査の最新データ(2023年度)を用い、スコアの高い企業とそうでない企業との間にある施策の違いを分析してきました。

 分析の結果、スコア上位企業は、個別性(性別・年齢・生活習慣)への対応と実践的な行動支援の仕組みの両面において、下位企業よりも一歩踏み込んだ取り組みを展開していることが明らかになりました。たとえば、女性特有の健康課題や高齢者の身体的負担への配慮、睡眠や依存症といった個別課題への支援が顕著です。

 また、教育・研修やイベント・活動、デジタルツールの導入といった「従業員の行動変容を促す仕掛け」に力を入れている点も特徴的です。これは、単に制度を整備するだけでなく、日常的な接点の中で従業員の健康意識と実践行動を高めていく姿勢の表れといえるでしょう。

 こうした上位企業の実践から導き出される示唆は次の通りです。
●      制度の整備だけでは不十分:制度があっても活用されなければ意味がない。使いやすく、伝わる仕組みづくりが鍵となる。
●      “全員一律”から“個別最適”へ:従業員の性別、年齢、働き方に応じた柔軟な施策が、エンゲージメントや定着率の向上に寄与する。
●      健康経営は“総務や人事の仕事”ではない:現場での実践と、組織全体の方針が連動してはじめて、成果が可視化される。

 健康経営は、もはや「余裕のある企業だけが行う先進的取り組み」ではありません。人手不足、高齢化、メンタルヘルス問題といった現代の経営課題と向き合ううえで、必要不可欠な“投資戦略”です。

 企業にとっての“次の一手”は、すでにスコア上位企業が歩み始めている実践例に学び、自社に合った形で段階的に取り入れていくことかもしれません。その過程で、本稿が一つのヒントとなれば幸いです。


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