1.研究者紹介
甲谷 勇平 (Yuhei Kotani)
一般社団法人HR Buddy研究所 主任研究員
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 博士後期課程


2.序文(背景)
今日の組織は、かつてないほどの不確実性と複雑性、早い変化環境に直面しており、人々が知識や意見、質問、懸念などをタイムリーかつ率直に提供するよう促す必要性が、組織の重要トピックとして提示されています(Edmondson & Bransby, 2023)。
そんな中注目されているのが「心理的安全性」です。心理的安全性とは、学術上では「『このチームでは対人関係上のリスクを取っても安全である』という信念を共有していること(Edmondson, 1999, p.354)」と定義されていますが、要は、「地位や経験に関わらず、誰もが率直な意⾒・素朴な疑問をいうことができる組織・チーム(石井, 2020)」のことです。
心理的安全なチーム作りがチームメンバーの意見や情報の共有・積極的な挑戦を促すことから、近年心理的安全性が様々な分野で重要トピックとして挙がっています。
先行研究では、すでに心理的安全性を促進する要因は“無数”にあるとも言われており、いろいろな要素が心理的安全性の促進に寄与することが明らかにされています(Fraizer et al., 2017)。
そんな心理的安全性研究の現状を踏まえ、チームの心理的安全性の提唱者であるEdmondsonは、今後の研究方針として、①心理的安全性をどのように作り出すのか、②心理的安全性の縦断調査、③心理的安全性の国際比較、④心理的安全性の調整効果や効果を強化・促進する条件、⑤流動性のあるチーム(多様な分野から一時的に集められ協働しなければならないプロジェクトチームなど)を対象とした研究、⑥リーダーとメンバーが具体的にどのような会話をすれば心理的安全性が上がるのか、という6つの方針を示しており、その中でも特に①の心理的安全性をどのように作り出すかについて、文献の中で最も顕著なギャップがあり、具体的な介入方法に関する研究がもっとあれば価値があるだろうと、心理的安全性の向上に向けた介入手法の必要性を強調して指摘しています(Edmondson &Bransby, 2023)。
まさに、心理的安全性の向上に向けた有効な介入手法は、現場でも学術でも両方で求められている状況です。
そんな、心理的安全性の向上に向けた取り組みを検討・実施する上での重要なポイントは何なのでしょうか?
多くの組織・チームで心理的安全性向上に向けた取り組みが行われている中、学術上でも心理的安全性の向上に向けた介入研究が少しずつ増えてきています。その中で今回は、心理的安全性の取り組みの検討の際、どのような観点で検討が必要なのかを整理した、甲谷ら(2025)の発表論文に基づき、心理的安全性の向上に向けた施策を検討する際の6つのポイントについて解説します。
3.研究内容
3.1 研究の概要
本研究では、「ナラティブレビュー」という分析手法を用いました。ナラティブレビューとは、ある研究テーマに関する既存の文献を網羅的に整理し、筆者の視点で解釈・統合するレビュー方法のことです。ナラティブレビューを使い、心理的安全性の介入研究について記述されている論文を検索し、分析条件に当てはまった191本をさらに精査し、最終的に残った22本の介入研究論文を分析対象としました。そして、22本の論文を精読し、各介入方法の特徴や結果をもとに、心理的安全性の向上に重要なポイントを分析者(筆者)の視点から整理しました。
3.2 明らかになった6つの重要ポイント
分析の結果、心理的安全性の介入手法において(≒取り組みを検討する上で)、6つの重要なポイントが明らかになりました。まず、6つのポイントをすべて列挙し、個別に解説していきます。
【 6つのポイント】
① 全ての取り組み内容に対象者を参加させる
② チーム全体にアプローチする
③ 対象チーム・対象者の文脈に適合した内容にする
④ 取り組み中のコミュニケーションフローを構造化する
⑤ 第三者に介入してもらう
⑥ 定量/定性データを用いた前後比較を行う
① 全ての取り組み内容に対象者を参加させる
これは、「取り組みへの参加は任意ではなく強制である」ことが重要なポイントになります。
先行研究では、リーダーに対してリーダーシップ研修を行った後日、定期的に研究者がリーダーに電話で日頃のリーダーシップに関する振り返りを行おうとしたところ、毎回電話に出るリーダーとそうでないリーダーがいました。そして、毎回電話に出るリーダーがいるチームは結果的に心理的安全性が向上していました。
他の研究では、任意参加のマインドフルネス研修プログラムに参加してもらったところ、プログラムメニュー全てに取り組んだメンバーの所属するチームは心理的安全性が向上していることが示唆されました。
以上のように、心理的安全性の向上に向けた手法を開発した際には、計画した全てのメニューをこなしてもらうような仕掛けや動機付け、仕組づくりが重要です。
② チーム全体にアプローチする
これは、「取り組みを実施する際は、特定の個人のみへの介入ではなくチームメンバー全員を巻き込んだ取り組みにする」ことが重要なポイントになります。
先行研究では、リーダーに対して心理的安全性を促進する要因の1つであるリーダーシップを高める介入を行った研究がありました。しかし、その介入は、心理的安全性を向上させたいチームの「リーダーのみ」への介入であったため、チームの心理的安全性は向上しませんでした。
一方、リーダーのリーダーシップ開発を、チームメンバーを巻き込んだ対話型で行った研究もありました。興味深いことにその介入では、チーム全体の心理的安全性が上がりました。
以上のように、心理的安全性の向上に向けた取り組みを検討する際には、チームメンバー全員を取り組みに巻き込んだ設計が重要です。
③ 対象チーム・対象者の文脈に適合した内容にする
これは、「取り組み対象の状況に合った介入手法・内容にする」ことが重要なポイントになります。もう少し具体的に言うと、対象チームの目標や価値観、現在の課題内容に繋がる取り組み内容にカスタマイズしたり、扱うトピックを調整する必要があるということです。
先行研究では、ウェブ上に公開されている心理的安全性に関する動画の視聴後、それを自チームに当てはめて心理的安全性の向上に向けたディスカッションをするという介入方法がありましたが、そもそも心理的安全性の動画が対象チームの文脈を考慮しておらず、心理的安全性の説明のみに終始してしまっていたため、メンバーは心理的安全性を自チームに落とし込み切れずに心理的安全性が向上しませんでした。
以上のように、心理的安全性の向上に向けた取り組みを検討する際には、取り組み実施対象に丁寧なヒアリングを行うなど、できる限り対象の文脈に適合した内容を取り扱うように工夫する必要があります。
④ 取り組み中のコミュニケーションフローを構造化する
これは、「取り組みを実施している時間中のコミュニケーションスタイルやコミュニケーションの取り方を規定する」ということです。
先行研究では、心理的安全性の向上に向けた介入を実施する際、「誰と誰が何についてどういう風にコミュニケーションを取るか」についてのガイドラインが作成されていたおかげで、心理的安全なコミュニケーションを取る練習ができ、実際にチームの心理的安全性も向上したことが明らかにされていました。このポイントは、「予測できる/透明性の高いコミュニケーション」であったことが考えられています。
誰がどのような発言をするかがあらかじめ予測できることで、より恐れのないコミュニケーションが実現したようです。これはまさに、「守破離」のアプローチかもしれません。最初は型通りにコミュニケーションを取ってもらい、徐々に自分たちなりのコミュニケーションスタイルに移行してもらうという点がポイントです。
以上のように、心理的安全性の向上に向けた取り組みを検討する際には、取り組み実施中のコミュニケーションの“型”をつくることで、透明性の高い円滑なコミュニケーションの練習に繋がります。
⑤ 第三者に介入してもらう
これは、「第三者に介入をしてもらうことで、客観的な意見や説得力のある情報の伝達ができる」ということです。
先行研究では、トレーニングを行った後の振り返りの議論の際、第三者がファシリテートをしたりすることで、既存のチーム内のヒエラルキーに縛られない自由な発言を促進させたり、ファシリテーターがポジティブな反応を示すことで、議論の場が活性化するなど、様々な効果が見られました。
以上のように、心理的安全性の向上に向けた取り組みを検討する際には、第三者からの介入を設計に加えてみてもいいかもしれません。
⑥ 定量/定性データを用いた前後比較を行う
今回分析対象となったいくつかの文献では、介入前にすでにある程度心理的安全性が高い状態であったため、顕著な向上を示さなかったことが記されていました。具体的には、介入実施前ですでに心理的安全性スコアが7点満点中5点台であり、高水準であったことから、介入後のスコアの向上は微増にとどまり、数値上の大幅な改善は見られなかったということです。
しかし一方で、インタビューを実施すると顕著な心理的安全性の向上を示唆するコメントが得られたことが記されていました。
以上を踏まえて、取り組みの効果検証の際には、心理的安全性を定量的なアンケートのみで計測するのではなく、実際の現場の声をヒアリングし、定性データを取りながら丁寧に変化を追っていくことが重要です。
4.実務適用
4.1 研究成果が企業に貢献するポイント
これまで解説したように、今回の調査から心理的安全性の向上に向けた施策を検討する際には6つのポイントを押さえることで、心理的安全性の向上がより期待できるようになります。
この研究成果が企業に貢献するポイントは、属人的・属組織的になりがちな心理的安全性に関する取り組みについて、取り組みがうまくいくポイントを整理したことで、横展開できるようになったことです。できれば、今回取り上げた6つのポイントを全て押さえておくことでより確実に心理的安全性多向上することが期待できますが、まずは1つでも2つでも良いかもしれません。
4.2 現場で実践する際の具体的な方法
実践する際の具体的な方法としては、6つのポイントでも実現可能な難易度の違いがあると思うので、少しずつ6つのポイントを導入していく方法が望ましいです。それをあえて「基礎」、「応用」、「発展」と3つのステージに区切ると、「基礎」は①と②、「応用」は③と④、「発展」は⑤と⑥という分類ができそうです。
(基礎)① 全ての取り組み内容に対象者を参加させる
② チーム全体にアプローチする
(応用)③ 対象チーム・対象者の文脈に適合した内容にする
④ 取り組み中のコミュニケーションフローを構造化する
(発展)⑤ 第三者に介入してもらう
⑥ 定量/定性データを用いた前後比較を行う
「基礎」である①と②は、取り組みを検討する上で必ず押さえておかなければならないポイントです。つまり、取り組みのすべてのアクションに参加してもらうことと、心理的安全性を向上させたいチームのメンバー全員に参加してもらうことが、前提となります。
続いて、「応用」である③と④は、対象者へのヒアリングや、取り組み内容の精緻化に取り組む必要性を示しており、時間をかけて丁寧に実施する必要があります。
最後に、「発展」である⑤と⑥は、場合によっては資金を出して外部組織から第三者を招集する必要性や、アンケート・インタビューの実施・分析・考察が必要になってくるため、「応用」以上に資金や時間といったリソースを費やす必要が生じます。
ただし、これらの分け方はあくまで筆者自身の分け方になるので、示した分け方に縛られすぎる必要はなく、実際に取り組みを検討する際には、取り込みやすいポイントを積極的に取り込むと良いです。
5.結論とアドバイス
今回、学術領域で心理的安全性の向上に取り組んだ介入研究をレビューしました。その結果、6つのポイントが心理的安全性の取り組みを検討する上で重要なポイントになる可能性が明らかにされました。まずは、既存の事例を収集してみて、この6つのポイントがどれぐらい含まれているかどうかを分析しながら、自チームに合った取り組みを検討してみるといいかもしれません。
6.引用文献
§ Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
§ Edmondson, A. C., & Bransby, D. P. (2023). Psychological safety comes of age: Observed themes in an established literature. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 10, 55-78.
§ Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., & Vracheva, V. (2017). Psychological safety: A meta‐analytic review and extension. Personnel Psychology, 70(1), 113-165.
§ 石井遼介. (2020). 心理的安全性のつくりかた 「心理的柔軟性」 が困難を乗り越えるチームに変える. 日本能率協会マネジメントセンター.
甲谷勇平, 佐藤優介, 白坂成功. (2024).心理的安全性向上のための実践的介入に向けた知見の整理と今後の展望, 産業・組織心理学研究, 38(2), 193-216.
