筑波大学 人間系 准教授
尾野 裕美
【プロフィール】
日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立。その後、横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て2023年4月より現職。筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。近著に『個人と組織のための男性育休―働く父母の心理と企業の支援』(ナカニシヤ出版、2023年)、『働くひとのキャリア焦燥感―キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ナカニシヤ出版、2020年)がある。
21年前、筆者は仕事をしながら社会人大学院に通い、修士論文のテーマを「若年就業者のキャリア焦燥感と離転職意思」に決めた。転職支援のキャリアカウンセリングをするなかで、「早く転職しないと負け組になってしまう」「このまま今の会社にいたら成長できない」「自分に合う会社は他にあるのではないか」と、転職を急ぐ若者にたくさん出会ってきたからだ。
このキャリア形成を急ぐ若者の心理を「キャリア焦燥感」と呼び、これまで研究を積み重ねてきた。ここでは、なぜ若者は自身のキャリアに焦りを感じやすいのか、また「キャリア焦燥感」とは一体どのような感情なのかを紹介する。そして最後に、この感情の国際比較の可能性について触れたい。
◆学生時代に自分らしさを問われ、入社後はキャリア自律を求められる若者
個性重視の義務教育は、1987年に教育改革に関する第四次答申が出されて以降、学習指導要領として実施されてきた。2000年代以降は、学校現場において、児童生徒一人ひとりの勤労観、職業観を育てる教育、すなわちキャリア教育が本格的に進められた。
このように初等中等教育の段階からキャリア教育を受けた世代は、個性的でなければならないという思いを抱きながら、就職活動をすることになるだろう。就職活動においては、当然のように「あなたの強みは何?」「やりたい仕事は?」「将来の目標は?」と聞かれる。このように自己分析や将来目標を設定することが求められるものの、入社前のイメージと入社後の現状にギャップがあったり、入社後も明確な目標や自分の適性を見いだせなかったりすると、キャリアについて焦燥感を抱くようになり、結果的にそれが早期離職につながる可能性がある。
一方、欧米に追従するように1990年代後半以降は、就業者はエンプロイヤビリティ(雇用されうる能力、労働市場で通用する能力)を磨くことが必要だとされ、自らのキャリアを自己責任において管理し主体的にキャリア形成することが求められるようになった。
従来の日本型雇用慣行であった終身雇用や年功序列制度のもとでは、就業者は雇用と賃金を保障され、特定の組織に対して忠誠心と帰属意識を持つことを期待されていた。そのため、自らキャリア形成する姿勢はあまり必要とされてこなかった。
しかし、バブル経済が崩壊し、日本型雇用慣行システムに替わって成果主義が台頭したことにより、就業者は、組織で必要とされる能力やスキル、エンプロイヤビリティをより要求されるようになったのである。自律的な働き方は、当初中高年を対象とした研修プログラムとして導入されていたが、しだいに若年就業者へと対象が広がっていった。キャリア形成を急ぐ若者の背景には、このような環境変化も存在している。
◆若者が抱くキャリア焦燥感の3要素
キャリア焦燥感とはどのような感情なのかを解説する前に、以下の質問に答えてみてほしい。

これらは、筆者が開発したキャリア焦燥感尺度(※1)から抜粋した項目である。同尺度は16項目で構成され、3つの要素に分けられる。
1つ目はQ1(自分はこの先大丈夫なのだろうかと不安だ)とQ4(今の自分に対してもどかしさを感じる)の項目を含む「キャリアの懸念」。現在の自分や今後の自分のキャリアについての気がかりである。
2つ目はQ2(少しでも前へ進みたくて仕方がない)とQ5(将来のためにがんばらなければと必死だ)の項目を含む「キャリア構築への衝動」。目標に向けて早くキャリアを構築しようと駆り立てられる気持ちであり、エネルギーが内在しているポジティブな側面である。
3つ目はQ3(八方ふさがりでどうにもならない)とQ6(何ともしようがなく、手詰まり感がある)の項目を含む「切迫感」。何ともしようがなく追い詰められた気持ちであり、キャリア焦燥感のネガティブな側面である。この「切迫感」が離職や転職をしたいという意思につながりやすいことがわかっている。
◆キャリア焦燥感は世界の若者に共通するのか?
日本の若者のキャリア焦燥感について、社会的な背景を含めて述べたが、若年就業者がキャリア形成を急ぐのは発達的に自然なことだと考えられる。キャリア発達や生涯発達の理論によれば、20代の頃は、今の仕事を生涯ずっと続けていくのかどうかを検討しながら、自己を確立していくという発達課題に直面している。社会に自分の場を確立しようとあがく時期でもあることから、若年就業者のキャリア焦燥感は、健全に発達している証拠だととらえることもできる。
では、この感情は世界の若者に共通するのだろうか。このような問題意識から、筆者はHR Buddy研究所の研究助成を受けて、英語版のキャリア焦燥感尺度を開発した。学会発表や論文投稿を控えていることから、ここでは詳しく紹介できないが、今後は同尺度を用いた国際比較研究を展開したいと考えている。
※1
尾野裕美・岡田昌毅 (2014). 若年就業者におけるキャリア焦燥感の構造:キャリア焦燥感尺度の開発 産業・組織心理学研究, 28(1), 31-41. https://doi.org/10.32222/jaiop.28.1_31
