■研究者紹介
福林 直(Nao Fukubayashi)
お茶の水女子大学 講師
一般社団法人HR Buddy研究所
博士(専門は社会心理学)

■SNSとネガティブな心理状態をめぐる議論
オーストラリアで16歳未満のSNS利用が禁止された。この判断をめぐっては賛否様々な議論が展開されているが、この規制の背景には、いじめや性虐待と並び、SNSが抑うつ状態を誘発しうるという懸念がある。
「Facebook depression(フェイスブックがもたらす抑うつ症状)」という概念が公に提示されたのは、米国小児学会による2011年のレポートだった。以降、心理学を中心に、Facebookに限らず、SNS利用とネガティブな心理状態の関連を検討する研究が数多く蓄積されてきた(※1)。
もっとも、研究結果は一様ではない。SNSの使い方や利用するプラットフォームによっては、ポジティブな心理的影響が示される場合も多い。したがって、SNSが必ず心理状態に悪影響を及ぼす、と単純に結論づけることはできない。
それでも、多くの人が「SNSを見ていたら、なんとなく気分が沈んだ」という日常的な感覚を経験しているのではないだろうか。実際、抑うつに限らず、SNS利用が社会的孤立感を高める可能性を示した研究も報告されている(※2)。
■キャリア形成の文脈におけるSNS利用の活発化
SNSは、今やキャリア形成の文脈でも不可欠な存在となっている(※3, 4)。
たとえば、プロフェッショナルネットワークであるLinkedInは、2025年現在、世界で約12億人のユーザーを抱え、日本でも約400万人が利用している。かつては「日本ではLinkedInの利用は広がらない」と言われていたが、近年は転職活動を含め、利用が着実に拡大している。
これに加え、キャリア形成を目的としていないSNS利用であっても、無意識のうちにキャリアに関わる情報を目にしているのが、近年の状況である。SNSは、他者のワークキャリアやライフキャリアを日常的に可視化する空間を作り出した。昇進、転職、成果、理想的な働き方―そうした情報が、本人の意図とは関係なく目に入ってくる。
では、こうした環境は、働く人が自分のキャリアに対して抱く感情や認識に、どのような影響を及ぼすのだろうか。本記事が取り上げる研究は、この問いに取り組んだ(※5)。
■メカニズムとしての社会的比較
SNSがもたらすネガティブな心理状態を説明する代表的なメカニズムとして、「社会的比較」が挙げられる。社会的比較(※6)とは、人が自分の意見や能力を評価するために、他者と自分を比較する心理過程を指す。これは病理的な反応ではなく、不確実な状況で自己評価を行うための基本的な心の働きである。
社会的比較には、
・上下の評価を伴わない無指向比較
・他者を自分より上と感じる上方比較
・自分を他者より上と感じる下方比較
という三つの方向がある。
SNSでは、ユーザーの「見せたい自分」が投稿されやすいため、上方比較が生じやすい環境であることが指摘されてきた(※7~9)。また、社会的比較は自分と近しい存在ほど起こりやすい。友人・知人の情報を目にするSNSでは、この比較が起きやすいばかりか、SNSにおいては、インフルエンサーや著名人さえも心理的に身近に感じられる点も、この傾向を後押ししていると言える。

■SNS閲覧は、自分のキャリアに対して抱く感情にどのような影響をもつのか
本研究では、SNS上で生じる社会的比較が、働く人のキャリアに対する感情にどのような影響を与えるのかを、「経験サンプリング法」を用いて検討した。本研究の特徴は、SNSの影響を「一回一回の閲覧による反応」と「よく閲覧している人に見られる傾向」という、二つのレベルに分けて捉えている点にある。つまり、見るたびに何が起きるのかと、見続けている人には何が蓄積されやすいのかを両方検討している。
経験サンプリング法とは、一日に複数回、調査票を配信し、その時点での心理状態を回答してもらう手法である。ある一時点で調査を行い、問われたことを回答者が思い出しながら答える回顧的な質問法と比べ、日常生活に近い、リアルタイムの反応を捉えやすい。社会的比較のように、その瞬間の出来事に強く左右される心理過程の測定に適している(※10, 11)。
調査は7日間、1日2回(昼頃と帰宅後)実施された。質問内容は以下の3点であった。
・直近3時間以内に、SNSで他者のキャリア関連投稿を目にしたか
・キャリアに関する上方・下方・無指向の社会的比較
・自分のキャリアに対する切迫感(例:「八方ふさがりでどうにもならない」)(※12)
全14回のうち9割以上に回答した111名、計1254件のデータが分析に用いられた。
分析の結果、SNS閲覧によって、上方・下方・無指向のすべての社会的比較が、見るたびに、そして見続けている人ほど生じやすいことが確認された。ただし、それらがキャリアに対する切迫感につながるかどうかは、比較の方向と個人の利用傾向によって異なっていた。

まず、無指向比較は、キャリアに対する感情に有意な変動をもたらしていなかった。一方、上方比較は、切迫感を高める方向に働いていた。これは、Facebook depressionと同様の反応と言える。
興味深いのは下方比較である。他者のキャリアに関する投稿を見ていた人ほど、下方比較を通じて、キャリアに対する切迫感がむしろ低減していた。
つまり、他者の状況を見て、「自分はまだマシだ」「自分の方が多くを達成した」と感じることで、焦りが一時的に和らぐのである。
この結果は、SNS上で、他者のキャリアとの比較によって追いつめられる感覚になり、比較によってその感覚が打ち消されるという感情の往復が起きている可能性を示唆している。この循環こそが、SNS利用のやめにくさ、いわば中毒性の一端を説明しているのかもしれない。
■実践への示唆:感情を「現実に引き戻す」回路を持つ
では、どうすればよいのだろうか。
本研究では、SNS以外の要因として、対面での他者との雑談にも注目している。分析の結果、仕事やキャリアと直接関係のない雑談をするほど、SNS閲覧によって生じたキャリアへの切迫感が低減することが示された。
SNSは、比較を加速させる「バーチャルな評価空間」となりうる。一方、雑談は、評価や成果から切り離された、現実の人間関係の中に私たちを引き戻す。キャリア不安に対する即効性のある処方箋は、意外にも、そうした何気ないやりとりなのかもしれない。
■キャリアの手綱を握る
現代のキャリア形成は、個人主導へと移行し、選択の自由と自己責任が表裏一体となっている。そうした環境では、SNS上で目にする他者のキャリアは、単なる他者ではなく、「別の選択をしていたかもしれない自分」として立ち現れる可能性もある。
他者の情報に触れられること自体は、決して悪いことではない。たとえば、キャリアのロールモデルは、かつてないほど見つけやすくなった。しかし、その情報に振り回されるか、活用できるかは別の問題だ。SNSと付き合いながらキャリアの手綱を自分が握り続けるためには、比較が起きることを前提に、その影響を自覚し、揺れた感情を現実に戻す回路を持つことが重要になるのだろう。
■引用
※1 例えば、Yoon, S., Kleinman, M., Mertz, J., & Brannick, M. (2019). Is social network site usage related to depression? A meta-analysis of Facebook-depression relations. Journal of affective disorders, 248, 65–72.
※2 Stronge, S., Osborne, D., West-Newman, T., Milojev, P., Greaves, L. M., Sibley, C. G., & Wilson, M. S. (2015). The Facebook Feedback Hypothesis of personality and social belonging. New Zealand Journal of Psychology, 44(2), 4-13.
※3 Utz, S., & Breuer, J. (2017). The relationship between use of social network sites, online social support, and well-being. Journal of media psychology. 29 (3). https://doi.org/10.1027/1864-1105/a000222
※4 Wu, C., & Carroll, J. M. (2024). Self-presentation and social networking online: The professional identity of PhD students in HCI. The Internet and Higher Education, 62, 100951.
※5 Fukubayashi, N., & Fuji, K. (2021). Social comparison on social media increases career frustration: a focus on the mitigating effect of companionship. Frontiers in psychology, 12, 720960.
※6 Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human relations, 7(2), 117-140.
※7 Nadkarni, A., & Hofmann, S. G. (2012). Why do people use facebook?. Personality and Individual Differences, 52(3), 243-249.
※8 Qiu, L., Lin, H., Leung, A. K., & Tov, W. (2012). Putting their best foot forward: Emotional disclosure on facebook. Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking, 15(10), 569-572.
※9 Zhao, S., Grasmuck, S., & Martin, J. (2008). Identity construction on facebook: Digital empowerment in anchored relationships. Computers in Human Behavior, 24(5), 1816-1836.
※10 Csikszentmihalyi, M., Larson, R., & Prescott, S. (1977). The ecology of adolescent activity and experience. Journal of Youth and Adolescence, 6(3), 281-294.
※11 Prescott, S., Csikszentmihalyi, M., & Graef, R. (1981). Environmental effects on cognitive and affective states: The experiential time sampling approach. Social Behavior and Personality: An International Journal, 9(1), 23-32.
※12 「キャリア焦燥感」尺度の下位因子「切迫感」を使用。尾野裕美, & 岡田昌毅. (2014). 若年就業者におけるキャリア焦燥感の構造: キャリア焦燥感尺度の開発. 産業・組織心理学研究, 28(1), 31-41.
