
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 博士後期課程
研究テーマは「チームの心理的安全性」。
専門領域は、組織行動論を基盤にシステム思考やデザイン思考を取り入れたチームトレーニング
はじめに
この記事は、2025年11月15日に経営行動科学学会第28回年次大会@香川大学で「ワーク・エンゲイジメントの向上に向けた1on1研修の効果検証」という表題で企業との共同研究の成果を報告した内容を引用して記事にしたものです。
ワーク・エンゲイジメントへの注目
産業領域において、近年注目されている概念に「ワーク・エンゲイジメント」があります。ワーク・エンゲイジメントとは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられ、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知と定義されています(Schaufeli, Salanova, Gonzalez-Roma & Bakker, 2002; Schaufeli & Bakker, 2004; 島津, 2014)。そんなワーク・エンゲイジメントのアウトカムとして、組織コミットメントの向上や離職率の低下、組織における従業員の自発性の向上や前向き行動の増加、さらには、抑うつや心理的苦痛の低下などが報告されています(島津,2010)。このように、ワーク・エンゲイジメントが組織に多くの良い影響をもたらすことから、ワーク・エンゲイジメントへの注目が高まっています。
介入研究が不十分なワーク・エンゲイジメント研究
そんなワーク・エンゲイジメントですが、従業員のワーク・エンゲイジメントを高めるための具体的な介入方法に関する知見の蓄積については発展途上であり、研究ごとの効果量のバラつきの大きさが指摘されるなど、実務において有効活用するにはさらなる研究や事例報告による知見の蓄積が求められています(向江, 2018)。日本においては、研究数がまだそれほど多くないことに加えて、測定されたワーク・エンゲイジメントが諸外国と比較して低いことも報告されています(Shimazu et al., 2010)。このように、ワーク・エンゲイジメントの介入手法に関する知見の蓄積は不十分である現状が課題として挙げられます。
1on1施策に着目
本研究では、従業員のワーク・エンゲイジメント向上に向けた施策として「1on1」に着目をしました。1on1とは、「上司と部下」が定期的に話す時間を公式的に取るための仕組みであり(本間, 2020)、星野(2022)が首都圏、大阪圏、名古屋圏の人事系業務を担当している正社員936人を対象に調査をしたところ、全体で7割近くの企業が1on1を公式的な人事施策として導入していることが明らかになりました。また,公式施策として導入していると回答した企業の6割が、「3年以内に導入した」と回答していることから、1on1はここ数年で急激に導入されていることもうかがえます。そこで本研究では、従業員のワーク・エンゲイジメントの向上に向けて新たな施策を導入するよりも、多くの企業ですでに導入が進んでいる1on1の質をより向上させてワーク・エンゲイジメントの向上を図ることの方が、広く多くの組織に本研究の知見が提供できると考え、「1on1施策を通したワーク・エンゲイジメント向上」という枠組みを設定しました。
調査の全体像
調査の全体像は下図に示すとおりです。まず、2024年12月に「ワーク・エンゲイジメント」に関するオンラインアンケートと「1on1データ」に関するデータをMicrosoft Viva Insightより取得しました。

ワーク・エンゲイジメントは、9項目のオンラインアンケートで、回答者は各設問項目に対して7件法で回答をしてもらいました。Viva Insightは、Microsoft Teamsに関する行動データが多数取得できるサービスです。そこで我々は、下記に示す9つの1on1に関するデータを取得しました。この、ワーク・エンゲイジメントアンケートとViva Insightによる1on1データの取得を2024年12月と2025年2月に行いました。

そして、本研究の介入として、1on1研修を2025年1月に実施しました。この1on1研修の目的は、「自分・他者の価値観の理解」や「違いの認識」を醸成することで、対象者はマネジャー(上司)とメンバーに対して別々に研修を実施しました。マネジャー向け研修では、具体的な1on1の進め方や部下の価値観の理解についての研修を実施し、メンバー向け研修では、自己理解を中心とした研修を実施しました。なお、調査に協力いただいたのは、上場企業会社のコンサルティング部門の141名でした。
分析のプロセス
分析プロセスについては、2024年12月(時点1)と2025年2月(時点2)の両方のワーク・エンゲイジメントアンケートに回答した人を分析対象とし(132名)、時点1と時点2のデータを比べたとき、ワーク・エンゲイジメントのスコアが向上しているか、1on1に関する指標が増加しているか、統計分析(対応のあるt検定という手法です)を行いました。
また、分析の際には、時点1でのワーク・エンゲイジメントの全社平均を基準に高群と低群に回答者を分類し、高群と低群という観点で時点1と時点2の各種スコアの変動も見てみました。
分析結果
分析結果を下記に示します。まずは「記述統計」と呼ばれる平均値や最小値、最大値といった基礎的な統計情報の一覧をまとめています。

ワーク・エンゲイジメントスコアについてですが、上図に示したように、全数(132名分)で見たときは、1on1研修の実施前後でワーク・エンゲイジメントが0.02点微減していることが分りました。ただ、高群と低群で分けたとき、介入前すでにワーク・エンゲイジメントが高かった高群のワーク・エンゲイジメントは介入後0.66点低下していたのに対して、低群は0.65点向上したという、高群と低群でそれぞれ異なるスコアの変動傾向を示しました。続いて、1on1データも見てみますが、こちらは紙面の都合上、t検定の結果を用いて説明します。
では続いて、t検定の結果を見てみましょう。t検定というのは、2時点のデータのスコアの変化が誤差ではなく本当に確かなのかどうかを統計的に確かめる手法になります。この確からしさを確認する指標として「p値」というものがあります。このp値が0.05以下であれば、どうやらこのスコアの変化は誤差ではなく確からしいということが統計的な観点から言うことができます。その観点で、再度ワーク・エンゲイジメントを見てみましょう。

上図の赤枠で囲っている部分、「両側p値」の部分を見てください。全体では0.91となっており、これはどうやら誤差の範囲である可能性がわかります。一方、高群と低群のp値はそれぞれ「<.001」と表記されており、0.05よりも低いことが示されています。つまり、高群と低群のワーク・エンゲイジメントの値の変化は確からしいということが分ります。続いては1on1データを見てみましょう。

p値が0.05以下のものを赤枠で囲っています(文字が細かくてすみません…)。ここでは、全数ではなくワーク・エンゲイジメントの変化の確からしさが確認された高群と低群にそれぞれ絞って結果を解説します。結果を見てみると、高群では「マネジャーとの1on1会議回数」の変化が統計的有意な差(つまり、p値が0.05以下を示したという意味です)が確認され、具体的な変化の値としては「月平均0.45回」増加したことが結果から分かりました。また、「マネジャーとの1on1定例会議時間」の変化も統計的有意な差が確認され、具体的な値として「月平均0.23時間(13.8分)」増加したことが結果から分かりました。低群を見てみると、「マネジャーとの1on1会議・通話時間」が「月平均0.87時間(52.2分)」増加しており、加えて「マネジャーとの1on1会議時間」が「月平均0.88時間(52.8分)」増加したことが分りました。つまり、高群は介入前後で1on1の実施回数と実施時間が増加しているのに対して、低群は高群と比較してより長い1on1時間が確保されたことがうかがえます。ただし、低群は1on1の回数自体は増えていませんでした。
介入内容が低群向けになっていた?
これまで解説してきたように、今回の介入前後でワーク・エンゲイジメントがもともと高かった人のワーク・エンゲイジメントが低下し、低かった人のワーク・エンゲイジメントが向上しました。これは何を意味しているでしょうか。我々は、1on1研修の内容がワーク・エンゲイジメント低群向けになっていた可能性を考えました。つまり、ワーク・エンゲイジメント高群はもともと業務に対する動機づけが高いにもかかわらず、そこに対して業務の動機づけを促すための1on1研修や研修内容に基づいた1on1の回数や時間が増えてしまったことで、高群が求めるニーズとは異なる1on1が増加してしまい、業務に対する動機づけが阻害されてしまった結果、ワーク・エンゲイジメントが低下してしまった可能性が考えられます。一方、低群はそもそも業務に対する動機づけが低い状態であったため、そこに対して業務の動機づけを促すための1on1研修や研修内容に基づいた1on1時間が増加したことで、適切に業務に対する動機づけが促され、ワーク・エンゲイジメントが向上した可能性が考えられます。
高群と低群のワーク・エンゲイジメント向上施策は異なる
以上の結果から、従業員のワーク・エンゲイジメントの向上に向けては全員一律に介入をするのではなく、ワーク・エンゲイジメントの高さに応じた介入を実施する重要性が見えてきました。ワーク・エンゲイジメント高群はすでに業務に対する動機づけが高いため、より業務を円滑に進める「効率化」に繋がる資源の提供が重要になってくると考えられます。例えば、先行研究では裁量権を与えたり、自律性を促したり、ITツールや業務支援システムを導入する、スキル開発の機会を提供することが効果的である可能性が示されています(Demerouti et al., 2001; Bakker & Demerouti, 2007; Jenny et al., 2020など)。一方、低群はまだ業務に対する動機づけが低いため、本研究で実施した介入内容のように、業務に取り組む「動機づけ」に繋がる資源の提供が重要になってきます。例えば、先行研究では上司や仲間からの社会的支援を提供したり、自己効力感を高めるフィードバックしたり、キャリアパスや成長機会を提示することが効果的である可能性が示されています(Demerouti et al., 2001; Bakker & Demerouti, 2007; Jenny et al., 2020など)。
対象者を絞った1on1導入を
本研究の結果から、従業員のワーク・エンゲイジメントの向上に向けて(盲目的に)全社的に1on1を導入するのではなく、対象者を絞って1on1を導入することが重要である可能性が見えてきました。ワーク・エンゲイジメントがすでに高い人に対して1on1を実施しても逆効果である可能性があるため、適切な対象者の選定の上で1on1を実施することが有効です。ぜひ、本研究の知見に基づき、従業員のワーク・エンゲイジメントの向上に向けて、業務の円滑化を求めているのか動機づけを求めているのか適切にニーズを把握したうえで施策を検討してみてください。
引用文献
Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2007). The Job Demands–Resources model: State of the art. Journal of Managerial Psychology, 22(3), 309–328.
Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). The job demands–resources model of burnout. Journal of Applied Psychology, 86(3), 499–512.
本間浩輔. (2020). 特集 スタッフの自律的な成長を促す 1on1 ミーティング [経験学習] を日常化する人財育成の仕組み スタッフの自律的な成長を促す [1on1 ミーティング]-[経験学習] を日常化する人財育成の仕組み. 看護管理, 30(10), 894-903.
星野翔次(2022)「1on1ミーティングに関する実態調査」リクルートマネジメントソリューションズ 最終閲覧日:2025年6月12日(https://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000001055/?theme=manager,career)
Jenny, G. J., Bauer, G. F., Vinje, H. F., Vogt, K., & Torp, S. (2020). The application of the job demands–resources model to workplace health promotion: A scoping review and recommendations for future research. Health Education & Behavior, 47(4), 410–426.
向江亮. (2018). ワーク・エンゲイジメント向上の実践的取組に向けた知見の整理と今後の展望. 産業・組織心理学研究, 32(1), 55-78.
Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach. Journal of Happiness studies, 3(1), 71-92.
Schaufeli, W. B., & Bakker, A. B. (2004). Job demands, job resources, and their relationship with burnout and engagement: A multi‐sample study. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 25(3), 293-315.
島津明人. (2010). 職業性ストレスとワーク· エンゲイジメント. ストレス科学研究, 25, 1-6.
Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Miyanaka, D., & Iwata, N. (2010). Why Japanese workers show low work engagement: An item response theory analysis of the Utrecht Work Engagement scale. BioPsychoSocial Medicine, 4(1), 1-17.
島津明人 (2014) ワーク・エンゲイジメント: ポジティブメンタルヘルスで活力ある毎日を, 労働調査会.
甲谷勇平, 佐藤優介, 羽生琢哉, 南遥夏. (2025).ワーク・エンゲイジメントの
向上に向けた1on1研修の効果検証 経営行動科学学会 第28回年次大会発表論文集.
