宮川 祥子 (Miyagawa Shoko)
一般社団法人HR Buddy研究所 主任研究員
お茶の水女子大学大学院 博士後期課程

「この組織、なんとなく自分に合うな」という感覚が
どのように形成されるか、またどのように測定できるかを
明らかにするために「個人–組織適合」をキーワードに研究。

1.序文(背景)
「うちの部署、リモートワークが増えてから何となく元気がなくなった気がする」
「創造的なアイデアが出にくくなった」
「生産性が下がっている気がするけれど、原因がよく分からない」
コロナ禍を契機に、私たちの働き方は大きく変わりました。ハイブリッドワークの普及により、働き方の柔軟性や効率性は向上した一方で、対面交流の減少は新たな課題を生んでいます。とりわけ、多様な人との接触機会が減少することで、知識の多様性や新規性に基づく創造性、さらには業務遂行の生産性が十分に発揮されにくくなっているという指摘があります(Yang et al., 2021)。
また、従来、創造性や生産性に関する研究は質問紙調査が中心でしたが、回答は回答者の主観や記憶に依存し、その時点の状況に左右されやすいという制約がありました。そこで注目されているのが、Microsoft Viva Insights(OutlookやTeamsなどの利用状況のログ)のようなデジタル行動データです。
客観的かつ自動的に取得・蓄積される行動データを活用することで、従業員の実際の働き方と創造性・生産性との関連をより正確に把握できるというメリットがあります。
そこで本研究では、質問紙調査とデジタル行動ログを統合的に分析することで、創造性と生産性を高める先行要因を探索的に明らかにし、それらをモニタリングできる行動指標を検証しました。
2.研究内容
2.1 研究の概要
本研究では、製造業A社のIT部門に勤務する正規従業員135名を対象に、質問紙調査とデジタル行動ログの両方を収集・分析しました。
調査内容は以下の通りです:
質問紙調査
・創造性・生産性の自己評価(0〜10点の11段階)
・創造性・生産性の先行要因23項目(1〜5点の5段階)
タイムマネジメント、意思決定への関与、積極的コミュニケーション、業務改善、効果的な業務プロセス、上司との関係、成長機会、挑戦機会、多様性の尊重、ノウハウ共有など
デジタル行動ログ(61変数)
・Microsoft Viva Insights
会議時間、1on1時間、チャット送信数、メール送信数、アクティブ接続時間、コラボレーション・スパンなど
・出社率とカメラON率
2.2 分析方法
分析は3段階で行いました。まず、質問紙データのみを用いて創造性・生産性の先行要因を重回帰分析で探索的に検証しました。次に、有意になった要因間の関係性をパス解析で明らかにしました。最後に、それぞれの先行要因を高める、あるいはモニタリングできる行動ログ変数を重回帰分析で検証しました。
3.結果
3.1 創造的生産性を高める5つの要因
分析の結果、創造性と生産性(これを「創造的生産性」と呼びます)を高める先行要因として、次の5つの要因が明らかになりました。
① タイムマネジメント
集中して仕事に取り組める時間を確保できている
② 意思決定への関与
自分の仕事に関する意思決定に関わることができている
③ 積極的コミュニケーション
顧客理解のために積極的にコミュニケーションや情報収集を行っている
④ 業務改善
環境変化や状況に合わせて、新しいアイデアを取り入れ業務改善を行っている
⑤ 効果的な業務プロセス
顧客ニーズに効果的に応えられるような仕事のプロセスがある
興味深いことに、相関レベルでは「成長機会」「挑戦機会」「多様性の尊重」なども創造的生産性と正の関連を示していましたが、他の要因を統制すると最終的なモデルには含まれませんでした。これは、製造業IT部門という特定の環境では、直接的な行動やプロセス改善の方が創造性への寄与度が大きい可能性を示しています。
3.2 創造的生産性が高まるメカニズム
では、これら5つの要因はどのように関連し合って創造的生産性を高めているのでしょうか?
自己決定理論という心理学理論に基づき、5つの要因間の関係性を検証したところ、以下のようなメカニズムが明らかになりました。
起点となるのは「裁量権」
・意思決定への関与とタイムマネジメントが起点となる
・自分の仕事に関する意思決定に関われると、自律性が高まる
・集中時間を確保できていると、主体的に仕事を進められる
中間プロセス:行動とプロセスの改善
意思決定への関与が高まると…
・環境変化に応じた業務改善が増加
・顧客ニーズに応える効果的な業務プロセスが創出される
・顧客理解のための積極的コミュニケーションが増加
タイムマネジメントができていると…
・集中時間が確保され、業務改善が促進される
結果:創造的生産性の向上
・これらの行動とプロセスの改善を通じて、最終的に創造的生産性が高まる
つまり、「自律性を高める→主体的な行動が増える→創造的生産性が向上する」という流れが確認され、JD-Rモデル(仕事の要求度-資源モデル)における「仕事の資源」が創造性を高めるという先行研究とも一致する結果になりました(Bakker & Demerouti, 2007, 2008)。
3.3 行動ログから見える「実際の働き方」
最も重要な発見の一つは、質問紙で明らかになった5つの要因が、実際の働き方を示す行動ログと関連していたことです。以下、それぞれの要因と関連する行動ログをご紹介します。

① タイムマネジメント ← 「アクティブ接続時間」(負の関連)
「アクティブ接続時間」とは、30分のブロック内に少なくとも1回のミーティング、通話、メール送信、チャット送信などがあった時間のこと。つまり、何らかの割り込みがある時間を指します。
この時間が長いほど、タイムマネジメントの感覚が低下していました。裏を返せば、中断されない集中時間が長いほど、タイムマネジメントができている感覚が高まるということです。
② 意思決定への関与 ← 「マネージャーを含む会議時間」「コラボレーション・スパン」(正の関連)
上司との同期的なコミュニケーション(会議)が多いほど、意思決定への関与が高くなっていました。これは、上司の直接的な支援の重要性を示唆しています。
また、「コラボレーション・スパン」(勤務時間内で最初に行われた活動から最後の活動までの時間≒実質的な総労働時間)も正の関連を示しました。意思決定に関与する従業員ほど、多くの調整や情報収集を担う必要があるため労働時間が長くなる傾向を反映している可能性があります。
③ 積極的コミュニケーション ← 「時間外会議時間」「1時間以上2時間未満の会議時間」(正の関連)
時間外の会議時間が長いほど、また1〜2時間程度の会議が多いほど、積極的コミュニケーションが高くなっていました。
④ 業務改善 ← 「マネージャーを含む少人数のチャット送信数」「1時間以上2時間未満の会議時間」(正の関連)
上司との非同期的なコミュニケーション(チャット)が多いほど、業務改善行動が高くなっていました。これは、上司の間接的な支援の重要性を示しています。
また、1〜2時間程度の会議も業務改善と関連していました。
⑤ 効果的な業務プロセス ← 「1時間以上2時間未満の会議時間」(正の関連)
積極的コミュニケーション、業務改善と同様に、1〜2時間程度の会議が効果的な業務プロセスとも関連していました。
3つの要因すべてに「1時間以上2時間未満の会議時間」が関連していたのは興味深い発見です。短時間会議は情報共有や意思決定といった限定的な目的を持つ一方で、1〜2時間程度の会議は、業務の背景理解、関係者間の認識統合、探索的対話、改善提案といった複雑な認知・協働プロセスに資する場として機能している可能性があります。
問題の構造化や異なる視点の統合を要する創造的・改善的な議論には、一定の時間的余裕が必要という先行研究の知見とも一致する結果となりました(Argyris, 1993; Edmondson, 1999)。
4.実務適用
4.1 研究成果が企業に貢献するポイント
本研究の成果は、以下の3つの点で企業の人材マネジメントに貢献します。
ポイント1:介入すべき要因が明確になった
創造性・生産性に関連する要因は無数にありますが、本研究により製造業IT部門において特に効果的な5つの要因が明らかになりました。限られたリソースの中で、どこに注力すべきかの優先順位がつけやすくなります。
ポイント2:質問紙だけでは見えなかった「実際の働き方」が可視化された
従来の質問紙調査では、主観的な認識しか把握できませんでした。本研究では、デジタル行動ログとの統合分析により、「実際にどのような働き方をしている人が創造的・生産的なのか」が客観的データで明らかになりました。
ポイント3:継続的なモニタリングが可能になった
行動ログは自動的に取得されるため、定期的な質問紙調査を行わなくても、組織の状態を継続的にモニタリングできます。例えば「アクティブ接続時間が増えている部署は集中時間が確保できていない可能性がある」といった早期発見が可能になります。
4.2 現場で実践する際の具体的な方法
研究結果を実務に活かすには、以下の2つのレベルで施策を検討することをお勧めします。
【基礎】まずは「裁量権」を高める施策から
研究結果から、創造的生産性を高める起点は「意思決定への関与」と「タイムマネジメント」でした。まずはこの2つに焦点を当てた施策を検討しましょう。
具体的な施策例:
意思決定への関与を高める
・定期的な1on1で、メンバーの意見を業務方針に反映する機会を増やす
・プロジェクトの企画段階からメンバーを巻き込む
・小さな意思決定から任せる範囲を広げていく
タイムマネジメントを支援する
・「集中タイム」の設定(例:午前中の2時間はミーティング禁止)
・不要な会議の削減、会議時間の見直し
・割り込み業務を減らす工夫(チャットのステータス活用など)
【応用】行動ログでモニタリングする
基礎的な施策を実施したら、行動ログを活用して効果をモニタリングしましょう。
モニタリング指標の例:
・アクティブ接続時間が減少しているか?
⇒集中時間が確保できているサイン
・マネージャーを含む会議時間・チャット送信数は適切か?
⇒上司との適切なコミュニケーションが取れているサイン
・1〜2時間の会議は設定されているか?
⇒深い議論や協働のための時間が確保されているサイン
ただし、行動ログだけでは会議の内容や質は分からないため、定期的に質問紙調査やヒアリングを組み合わせて、定性的な側面も把握することも重要です。
5.結論
本研究では、創造性と生産性を高める先行要因として、タイムマネジメント、意思決定への関与、積極的コミュニケーション、業務改善、効果的な業務プロセスの5つが明らかになりました。
そして、これらの要因は実際の働き方を示すデジタル行動ログと関連していることが分かりました。特に、集中時間の確保(アクティブ接続時間の削減)や上司との適切なコミュニケーション(会議やチャット)、1〜2時間程度の深い議論の時間が重要であることが示されました。
従来の質問紙調査だけでは見えなかった「実際の働き方」と「主観的認識」の関係を定量的に明らかにできた点は、本研究の大きな意義です。
創造性と生産性は、一朝一夕に高まるものではありません。しかし、本研究で明らかになった要因に着目し、小さな改善を積み重ねていくことで、着実に組織の力を高めていくことができるはずです。データに基づいた人財マネジメントの第一歩として、ぜひ本研究の知見を活用していただければ幸いです。
引用文献
Argyris, C. (1993). On organizational learning. Blackwell Business/Blackwell Publishers.
Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2007). The Job Demands‐Resources model: state of the art. Journal of Managerial Psychology, 22 (3), 309–328.
Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2008). Towards a model of work engagement. Career Development International , 13 (3), 209–223.
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999
Yang, L., Holtz, D., Jaffe, S., Suri, S., Sinha, S., Weston, J., Joyce, C., Shah, N., Sherman, K., Hecht, B., & Teevan, J. (2021). The effects of remote work on collaboration among information workers. Nature Human Behaviour , 6 (1), 43–54.
宮川 祥子, 高井 敦子, 北川 敏哉, 小野 喜人, 佐藤 優介. (2025).製造業 IT 部門における創造性と生産性の先行要因の探索的検証-質問紙調査とデジタル行動ログの分析に関する事例研究- 経営行動科学学会 第28回年次大会発表論文集.
