インタビュー調査:数字の奥にある本音をつかむ方法(研究員:多湖 雅博さん)


プロフィール

多湖 雅博(たごお まさひろ)
近畿大学短期大学部 准教授。博士(経営学)。医療機関での管理職を歴任した後、新潟医療福祉大学講師、京都文教大学講師などを経て2025年より現職。組織開発を中心に、組織行動、マネジメント、メンタルヘルスなどを研究しており、従業員と組織がWin-Winの関係を築ける組織について経営学の視点から考察している。著書に『経営理念・経営ビジョン/経営戦略』(日本医療企画)、『職場の経営学』(中央経済社)、『対話型組織開発(AI)を用いたいきいき社員づくり』(パブファンセルフ)などがある。

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1.手法の紹介、概要

 HRの現場では、離職率、エンゲイジメントスコア、満足度調査など、さまざまな数値が使われています。これらは組織の状態を把握するうえで重要です。しかし、数字だけでは見えにくいことも少なくありません。例えば、同じ「仕事に不満がある」という回答でも、その背景には「上司との関係」「成長実感の不足」「評価への不信感」「業務量の偏り」など、まったく異なる事情があることがあります。
 そこで役立つのがインタビュー調査です。インタビュー調査は、働く人が何を感じ、何に悩み、どのように職場を捉えているのかを、本人の言葉を通して把握する方法です。アンケートが全体の傾向を広くつかむ方法だとすれば、インタビューはその背景や文脈を深く知るための方法だといえます。
 HRの実務では、「なぜ制度が浸透しないのか」「なぜ若手が辞めるのか」「なぜ管理職が疲弊しているのか」などといった問いに直面します。こうした問いは、数値だけで即答できるものではありません。インタビュー調査は、現場の実感に近づくための有効な入口になります。

2.手法の簡単な説明

 インタビュー調査では、対象者に一定のテーマに沿って話を聞きます。実務や研究でよく使われるのは「半構造化インタビュー」と呼ばれる形式です。これは、あらかじめ聞きたい項目を準備しつつも、相手の話の流れに応じて質問を深めていく方法です。例えば、離職防止をテーマにする場合には、「入社後に期待と違ったと感じた場面はありましたか」「辞めたいと思ったのはどのようなときでしたか」「そのとき周囲に相談できましたか」などといった問いが考えられます。管理職育成であれば、「管理職になって最も難しいと感じたことは何ですか」「部下対応で迷った経験はありますか」「どのような支援があれば助かったと思いますか」といった聞き方ができます。
 インタビュー調査の強みは、表面的な答えの背後にある“理由”や“流れ”が見えることです。例えば、退職理由として「キャリアアップのため」と語られていても、深く聞いていくと、実際には評価への不信や職場の孤立感が背景にあった、ということは珍しくありません。実務では、この違いが非常に重要です。表向きの理由だけで施策を考えると、対策がずれてしまうからです。
 一方で、注意点もあります。インタビューは少人数を対象に行うことが多いため、結果をそのまま全社員に当てはめることはできません。また、質問の仕方や聞き手との関係によって、語られる内容が変わることもあります。ただし、実務で重要なのは統計的な一般化だけではありません。「現場で何が起きているのかを具体的に理解する」こと自体に大きな価値があります。

3.手法を用いた研究例

 インタビュー調査を用いた代表的な研究の一つに、Pratt, Rockmann, and Kaufmann(2006)があります。この研究では、医師として働き始めた研修医が、どのように自分の職業的アイデンティティを形づくっていくのかが検討されました。研修医たちは、単に知識や技能を身につけるだけでなく、日々の仕事経験を通じて「自分はどのような専門職なのか」を学んでいきます。この研究が実務に示唆するのは、人材は制度や研修だけで育つのではなく、日々の経験をどう意味づけるかによって成長の仕方が変わるという点です。これは新入社員だけでなく、新任管理職や異動者にも当てはまります。配置転換、昇進、職種転換といった節目で、本人が何を負担に感じ、何を支えとしているのかを把握することは、育成や定着の面で重要です。
 つまり、インタビュー調査は「本人がどう語っているか」を通じて、組織の制度運用の実際の効果を点検する方法でもあります。制度をつくった側の意図ではなく、受け手がどう経験しているかを見ることができる点に価値があります。

4.HR領域へのつながり

 HR実務との接点は非常に広いです。第一に、離職防止です。退職者アンケートでは理由が定型的になりやすく、本音が見えにくいことがあります。これに対してインタビューでは、「辞めると決めるまでの過程」「どの出来事が転機だったか」「引き留め可能な時点はあったか」といった流れを把握できます。これは再発防止策を考えるうえで有用です。
 第二に、オンボーディングです。新卒・中途採用者が職場に適応する過程では、制度上は同じ受け入れをしていても、本人の受け止め方には大きな差があります。早期離職を防ぐには、「何が不安だったか」「どの支援が役立ったか」などを直接聞くことが重要です。インタビュー調査は、オンボーディング設計の見直しにもつながります。
 第三に、管理職支援です。管理職研修を実施しても、「現場に戻ると使えない」「部下との関係で迷う」「板挟みで苦しい」などといった声が出ることがあります。こうした課題は、単なる研修満足度では見えません。管理職自身の経験を聴くことで、研修内容の改善、上司支援の仕組み、相談ルートの整備など、具体的な対応策につなげやすくなります。
第四に、組織風土の把握です。心理的安全性、ハラスメント予防、多様性推進などのテーマでは、数値だけでなく「何が言いやすく、何が言いにくいのか」「誰が遠慮しているのか」「どの場面で萎縮が起きるのか」などといった質的情報が重要です。インタビューは、組織風土の温度感を知る方法として機能します。
 このように見ると、インタビュー調査は研究者だけのものではありません。人事制度の改善、1on1の見直し、育成施策の設計、現場理解の深化など、HR実務のさまざまな場面で使える発想です。実務で重要なのは、社員の声を集めること自体ではなく、その声を構造的に理解することです。インタビュー調査は、そのための手法といえます。

5.まとめ

 インタビュー調査は、全体傾向を一気に示す方法ではありません。しかしその代わりに、数字の背景にある事情や、働く人の経験の中身を丁寧に捉えることができます。HRの現場では、数値データがそろっていても、「では、なぜそうなっているのか」がわからず、施策が空回りすることがあります。そうしたとき、必要なのは、現場の声をもう一段深く理解することです。離職率を見るだけでなく、なぜ辞めたのかを聴く。研修受講率を見るだけでなく、なぜ現場で活かせないのかを聴く。エンゲイジメントスコアを見るだけでなく、何が働きがいを支え、何が損なっているのかを聴く。インタビュー調査は、そのための有力な方法です。
 人事や組織開発において、「測ること」はもちろん大切です。ただ、それと同じくらい「理解すること」も重要です。インタビュー調査は、人や組織をより実態に即して理解し、施策の解像度を高めるための方法として、今後ますます重要になるでしょう。

参考文献
Pratt, M. G., Rockmann, K. W., & Kaufmann, J. B. (2006). Constructing professional identity: The role of work and identity learning cycles in the customization of identity among medical residents. Academy of Management Journal, 49(2), 235–262.


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