ナラティブ分析:働く人の「経験の意味」を語りから読み解く方法(研究員:多湖 雅博さん)


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AIによるサマリー

【プロフィール】
多湖 雅博(たごお まさひろ)

近畿大学短期大学部 准教授。博士(経営学)。医療機関での管理職を歴任した後、新潟医療福祉大学講師、京都文教大学講師などを経て2025年より現職。組織開発を中心に、組織行動、マネジメント、メンタルヘルスなどを研究しており、従業員と組織がWin-Winの関係を築ける組織について経営学の視点から考察している。著書に『経営理念・経営ビジョン/経営戦略』(日本医療企画)、『職場の経営学』(中央経済社)、『対話型組織開発(AI)を用いたいきいき社員づくり』(パブファンセルフ)などがある。

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【サマリー】
同じ出来事を経験しても、その受け止め方や意味づけは人によって異なります。ナラティブ分析は、人が自分の経験をどのような「語り」として組み立てているのかに注目する方法です。今回は、キャリア、異動、オンボーディング、管理職への移行など、HR領域での活用可能性をわかりやすく整理します。

【本文】
1.手法の紹介、概要
人事や組織開発では、「何が起きたのか」を把握するだけでは十分でないことがあります。たとえば、同じ部署異動でも、「新しい仕事に挑戦できる機会だった」と捉える人もいれば、「これまでの自分が評価されなかった」と受け止める人もいます。起きた出来事は同じでも、その出来事が本人にとってどのような意味を持つかは異なります。

そこで役立つのが「ナラティブ分析」です。ナラティブとは、簡単に言えば、人が自分の経験を出来事のつながりとして語ったものです。私たちは、過去の出来事をそのまま記録しているのではなく、「あの経験があったから今の自分がある」「あの出来事を境に仕事への考え方が変わった」というように、出来事をつなぎながら意味づけています。

ナラティブ分析は、語られた内容だけでなく、「どの出来事が転機として語られているのか」「出来事がどのような順序でつながれているのか」「本人が自分や周囲の人をどのように位置づけているのか」といった点にも注目します。少しやわらかく言えば、「人が自分の経験をどんな物語として理解しているのか」を読み解く方法です。

2.手法の簡単な説明
ナラティブ分析では、主にインタビューなどによって得られた語りを丁寧に読みます。その際、発言を細かく分けて分類するだけではなく、できるだけ語りの流れや文脈を保ちながら分析することが重要になります。

たとえば、新任管理職へのインタビューで、「昇進したときはうれしかった」「部下との関係で失敗した」「自分には向いていないと思った」「先輩管理職に相談した」「少しずつ自分なりのやり方がわかってきた」と語られたとします。ナラティブ分析では、これらを「喜び」「失敗」「支援」と別々に分類するだけでなく、本人が一連の経験をどのようにつなぎ、「管理職として成長した経験」として語っているのかを見ていきます。

前回取り上げたテーマ分析との違いもここにあります。テーマ分析は、複数の人の語りから共通する論点やパターンを整理することに向いています。一方、ナラティブ分析では、一人ひとりの語りの流れや転機、意味づけをできるだけ保ちながら理解することを重視します。ただし、両者が完全に別のものというわけではなく、ナラティブ分析の中にもテーマに着目する分析があります。重要なのは、「何が語られたか」だけでなく、「その経験がどのような物語として語られているか」に注目する点です。

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図1 ナラティブ分析のイメージ


3.手法を用いた研究例
ナラティブ分析は、働く人が職場に適応していく過程を考える研究にも使われています。山口(2019)は、高等学校の新任教員2名に複数回のインタビューを行い、入職後にどのような困難を経験し、何によって支えられていたのかを、時間の流れに沿って検討しています。そこで見えてきたのは、新任教員にとって、生徒との関係だけでなく、先輩教員との関係づくりが大きな課題になっていたことです。一方で、同僚や管理職は困難の原因になり得るだけでなく、新任教員を支える存在にもなっていました。

また、篠原(2024)は、一般病棟からICUへ異動した看護師5名へのインタビューを基に、移動前から移動後、そしてICUの一員となっていくまでの組織社会科の過程を分析しています。異動者は、即戦力を求められることやICU特有の文化に戸惑いながらも、支援者との関わりや過去の経験を生かしながら、徐々に新しい職場での自分の位置を見いだしていました。

この2つの研究に共通しているのは、ある時点での「満足・不満」を捉えるのではなく、働く人が経験を積み重ねながら、職場や自分自身をどのように理解していったのかを捉えている点です。ここにナラティブ分析の特徴があります。

4.HR領域へのつながり
ナラティブ分析は、HR領域の中でも、時間をかけて変化する経験を理解したいときに力を発揮します。たとえば、オンボーディングでは、新入社員が「最初は何に戸惑い、誰との関わりが転機となり、いつ頃から自分が職場の一員だと感じるようになったのか」を捉えることができます。

管理職育成にも活用できます。新任管理職が、プレイヤーから管理職への移行をどのように受け止め、失敗や葛藤をどう意味づけているのかを知ることで、研修だけでは見えにくい成長過程を理解できます。キャリア面談、配置転換、復職支援、組織変革などでも、「その出来事を本人がどのような転機として語っているのか」を見ることで、必要な支援が見えやすくなることがあります。

一方で、語られた内容をそのまま客観的な「事実」と考えないことも大切です。ナラティブ分析が捉えようとするのは、出来事の正確な再現だけではなく、現在の本人がその経験をどのように理解し、語っているかということです。また、インタビューでは聞き手との関係によって語り方が変わる可能性もあります。

だからこそ、ナラティブ分析は、人事が社員の「本当の気持ち」を当てるための方法というより、働く人が自分の経験にどのような意味を与えているのかを理解する方法と考える方がよいでしょう。

5.まとめ
前回のテーマ分析が、複数の声から共通する論点やパターンを見つける方法だったとすれば、ナラティブ分析は、一人ひとりの経験の流れや意味づけを丁寧に読み解く方法です。

同じ異動、昇進、入職、失敗を経験しても、その意味は人によって異なります。そして、その意味づけは、その後の働き方やキャリアにも影響します。ナラティブ分析は、そうした「経験の意味」を理解するための方法です。

第1回のインタビュー調査で「声を聴く」、第2回のテーマ分析で「声を整理する」、そして今回のナラティブ分析で「語りの意味を読む」。働く人を数字だけではなく、その人が生きてきた時間や文脈の中で理解することは、HRや組織開発を考えるうえで重要な視点になるでしょう。

参考文献
山口晴敬(2019)「高等学校の新任教員は何に悩んでいるのか:ナラティヴに着目し探索する」『北海道大学大学院教育学研究院紀要』134, 63-80.

篠原真里(2024)「ICUへ異動した看護師の組織社会化」『日本看護管理学会誌』28(1), 104-113.


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